AIが書く時代に、人間が手放してはいけないもの

2026.06.23

執筆者:DigKnow株式会社 CTO 桑原 脩

AIが書いたコードは、たしかに動きます。ただ、なぜそう動くのかを、もう誰も説明できない。ここまでの23本の記事でくり返し向き合ってきたのは、突き詰めればこの一点でした。読んでくださった方には、心からお礼を申し上げます。連載の最後となる今回は、私がここで何を引き受けると決めたのか、その話をさせてください。

 

連載を書き終えて、いま思うこと

正直に打ち明けます。この連載を始める前、私は「AIがコードを書く時代になるなら、ドキュメントもいずれ要らなくなる」と考えていました。技術的負債の根深さも、ドキュメントの鮮度を保つ難しさも、いやというほど見てきたからです。だからこそ、その面倒をまるごとAIが肩代わりしてくれる未来に、期待していました。
ところが、たどり着いたのは正反対の場所でした。AIは技術的負債の解消を助けてくれるかもしれません。ただ、人間の理解や判断まで肩代わりさせることは、やはりできない。問題の本当のありかも見えてきました。はじめは「なぜこう作ったのか」という設計意図の喪失が本丸だと思っていました。けれど本当に揮発するのは、何が・どう動いているのかという理解そのものであり、それが書いた人の頭の中にしか残らない、属人化でした。
コードは残ります。その中身を語れる人だけが、驚くほど早くいなくなります。

 

「動くのに、説明できない」と気づいた日

この連載を書き続けた理由は、立派な志からではありません。きっかけは、私自身の手元にありました。
バイブコーディングを試していた頃、それらしいものがどんどん出来上がるので、中身をあまり気にせず実装を進めていました。ところが、形ができてから見返すと、私自身、それをきちんと理解できていなかったのです。検証用ならまだいい。製品として世に出すとなれば、この実装の責任は負えない。そう肌で感じたのが、始まりでした。
それが私一人の話ではないと突きつけられたのは、LLMを使った新機能の検証のときです。成果物はおおむねイメージ通りに仕上がる。ところが内部のロジックに踏み込むと、なぜこの設計なのか、どこを変えれば直るのか、その議論が噛み合わない。生成までの筋道を説明できない人が、思いのほか多いのです。コーディングはAIに任せていい。けれど、なぜそう動くのか、その理解と判断までは手放せない。
最初は私個人の感覚かと思っていました。けれど、現に製品をつくる担当エンジニアにまで、同じことが起きている。これは特定の現場ではなく、業界全体の話です。そして見過ごせないのは、検証が追いつかないまま、社会の側がAIの生成物で回り始めていることです。

 

わからないまま、前に進まない

では、私はどうするのか。
問題は、世に出す瞬間ではなく、その手前、開発を一歩ずつ進める途中にあります。AIの時代は、ここでの合格ラインを静かに引き下げます。かつては「なぜ動くのかを説明できる」ことを確かめて次へ進んでいたのに、今は「とりあえず動く」だけで先へ行けてしまう。
動くという事実が、わかっているという確信の代わりに使われる。確かめずに飛ばした一歩が、積み重なっていきます。
だから私は、わからないまま前には進みません。なぜそうなるのかを確かめないうちは、それを土台に次を積み上げない。世に出すかどうかを最後に問うのでは、もう遅いのです。慎重すぎると言われても、この姿勢は崩しません。ベンチャーの速さの本質は意思決定の速さであって、理解を雑にすることではないからです。
怖さも、隠しません。AIで作られたシステムが世にあふれ、数十年後にそれがレガシーと呼ばれる頃、技術的負債は今よりずっと深刻になっているはずです。そして、それさえもAIが解決すればいいという楽観が、すでに広がっている怖さを感じています。
人間が手放してはいけないものと、AIに託していいものを見極め、その判断を言葉にし続ける。この連載も、これから書く文章も、私にとってはその実践です。

 

Codeledgeで、私たちが決めた「やらないこと」

ここで初めて、Codeledgeの名前を出します。ただし、万能の解決策ではありません。先に、やらないことから話します。
CodeledgeはAIを使いますが、AIにコードを書かせたり、エージェントが自動で進めたりする機能は、当分実装しません。私たちが担うのは、コードを唯一の事実とみなし、いまの姿を正確に可視化することです。すでにある現状そのものを映し出すことに力を注ぎます。AIにはハルシネーションがつきものですから、それも極力小さくした出力を追いかけたいと思います。
立場を一言で言えば、こうです。なぜそう動くのか、その理解と判断は、人間が持つ。Codeledgeは、それを肩代わりせず、速くするだけ。意図どおりに動いているかを確かめ、コードを読むより早く中身をつかむための道具として使ってほしいのです。いずれは、機能やデータベースの構造など、より多くの情報も可視化していき、理解以外の用途にも使っていただけるように進めていきます。
名前のCodeledgeは、CodeとKnowledge——コードとナレッジをつないだ造語です。人が責任を持つべきところに集中できるよう、機械に任せられる部分を引き剥がす。その役割を、私たちは引き受けます。

 

ここから先、一緒に歩いてくれる人へ

この連載は、問題を見つけ、その輪郭をなぞる時間でした。ここから先は、解決の側へ踏み込みます。AIに任せられる範囲と、人が持ち続けるべき範囲。その切り分けをどう実装に落とすのかを、順を追って書いていきます。
派手な約束はしません。それでも、見たい景色はあります。技術的負債の解消といえばCodeledge、と思い出してもらえる場所までたどり着きたい。そしていつか、長く日本の開発を縛ってきた多重下請けの構造を、ほんの少しでも変える力になれたら。ゆっくりでも、止まらずに歩いていきます。

 

まとめ

AIが書いたコードは動きます。けれど、その中身を語れる人がいなくなれば、私たちはいずれ、誰も理解できないシステムの上で暮らすことになります。だから、手放してはいけないものがあります。なぜそう動くのかを理解し、その責任を引き受けること。それだけは、人間の側に残さなければなりません。これが、ここまで書いてきた私の結論であり、ここから先への出発点です。